バブル期のディスコの実態 学生サークル編

バブル期のディスコの実態 学生サークル編

ディスコの大観衆
いまの時代にバブル期といっても想像がつかない若者が多いでしょう。

私の世代でもバブルの恩恵を授かれたか?と聞かれると、ピンときません。おもいっきりバブルの恩恵を味わった世代のかたは、いまや50代半ば~60代以上の方々ではないでしょうか。

バブル期のディスコは凄かった!という話になり、20代の者に話をふると「ジュリアナ東京ってやつですよね!」と返ってきます。

ジュリアナ東京はバブル崩壊後なんですよね。あの派手さときらびやかさで一世を風靡しただけあって若者がそう答えるのもムリがありません。

バブル期のディスコと学生サークル

バブル絶頂期から崩壊までの年月が1986年12月~1991年2月とされております。

実はわたしがディスコにはじめて行った頃がバブル絶頂期の少し前です。しかし当時のわたしは10代であり、バブルという言葉自体なにもわかりません。感じたことと言えば「大人の人達はたくさんお金をもっている」というイメージだけ。

それからディスコ好きは続いたまま月日が流れ、マハラジャに通うようになり、ついに私も大学生になりました。ディスコ通いにより、人見知りもなくナンパも平気でおこなうようになっていた私は、いつのまにか学生サークルを束ねていたのです。

そこでスポンサーという存在と出会い、はじめてバブルというものを味わうこととなるわけです。私が束ねていたサークルは自分でいうのも恥ずかしいのですが、東京でもけっこう巨大なサークルでした。

最初はそうでもなかったのですが、大きくなるにつれ色々な大学のサークルがどんどんうちの傘下に入ってくるという感じで、気付いたら芋づる式に巨大組織に。傘下に入ってくるサークルはうちの看板を使えば、サークル勧誘がかんたんにおこなえるというメリットもあったのでしょう。

バブル期のスポンサー企業の予算とディスコ

話しは戻りますが、スポンサーの件です。当時は80年代後半のもろにバブル期であり、企業は予算が余り余っているという状況でしょうか?うちのサークルが声をかけてイベントをやると巨大な動員が見込めるということに対し、スポンサーがガッツリと付いてくれたのです。

ですのでおこなうイベントおこなうイベントがすべて豪華になり、あそこのやるイベントは凄いという噂が流れ相乗効果で更に参加が増えていくという感じです。

ディスコの貸切りパーティーはあたりまえ、船上パーティーや、高級ホテル大広間貸切りパーティーあげたらキリがありませんが、わたしは学生時代土日に家にいた記憶がありません。

スポンサーに関しては、JTやセーラムなどの嗜好系・JTBなどの旅行系・アパレル系・リクルート系などが多かったと記憶してます。わたしは当時お金に対して執着心がさほどありませんでしたので、そのこともウケがよかったのかもしれませんが、今から考えると企業が協賛で出してくれる金額はハンパなかったです。

バブル期のディスコクイーン

たとえば都内の有名ディスコを全店舗貸切りで、当サークルディスコクイーンコンテストなる企画をおこなった際は、その各店舗でまずクイーンを決めて、その各店舗でクイーンになった子を最終フィナーレディスコに勢ぞろいさすわけです。

フィナーレディスコは、マハラジャかエリアかラジオシティのどれかに決めてました。そしてそこで最終的にクイーンになった子はガチで100万円分の旅行券がもらえたりするわけです。

惜しくも最終クイーンになれなかった各店舗の20人のクイーン達も、副賞として30万円分の商品券であるとかそのようなレベル。

もちろんパーティーの参加者を募るために各サークルにパーティー券をノルマとして課します。とはいえパー券なんて2,000円程度ですので3,000人に売りさばいたとしても、600万円。

ディスコ全店舗を貸切る費用(20店舗くらい)・高級なパーティー券の作成依頼費用・イベント用グッズ・告知ポスターなどを合わせると、大赤字です。

しかしそこにスポンサーがつくことにより、サークルディスコクイーンコンテストの総賞金を合わせても主催者である我々には数百万円残り、頑張って動いてくれた各傘下のサークルに報酬をすべて配当しても、まだ有り余るというレベル。

バブル期の学生イベントは異常

また今では信じられないでしょうが、たとえば船上パーティーや高級ホテルの大広間などの貸切イベントなどでは必ずといってよいほどおこなわれていたビンゴゲーム。我々のビンゴゲームの当たり商品は「日本一であったのでは?」ないでしょうか。

噂でそれを知る学生達は、ビンゴゲーム開始時はみんな顔が真剣になり、カードと睨めっこ。異様な空気が流れておりました。それもそのはず、たかがビンゴゲームでいきなりぶ厚い封筒などが出てくるわけです。

そう、現ナマで賞金が一束入っていたりし、その一束はテーブルの上に横に置いても倒れずに立つ一束です。今から考えると信じられないでしょうね。

そのようなものを男性が引き当てると、ビンゴ終了後からその会場ではいきなりその男に女性が群がるみたいな(笑)そんな世界でした。

バブル期のディスコにおける原動力

このようなことを書くと、わたしがサークルを介してよほど儲けていたのではないかと誤解されないように言っておきますが、わたしは上でも記したようにお金に執着心がさほどなく、皆が楽しめればそれでよかったのです。

もちろん下心はありましたよ。それはお金ではなく、女子大生にモテたかったというのが原動力です。ディスコでモテたい、目立ちたいという10代の頃の思いをサークルにぶつけていたのだと思います。

サークル運営で浮いたお金はメンバーみんなで旅行に行ったり、高級で美味しいものを食べたり、その当時やれることにすべて使い込みました。おやじになった今考えると、貯めこんで投資や複利に廻していたら今頃資産家になっていたかもしれませんね(笑)

結論的には当時学生であった私も直接ではありませんが、バブルの恩恵を受けたということになるのでしょう。直接バブルの恩恵を受けたのは、やはり当時の会社社長であったりサラリーマンの幹部ではないでしょうか?

どこで接待しようが、接待したようにみせかけようが、会社の経費ですべて落とせた時代ですからね。当時のわたしは学生ですのでわかりませんが、少なからず通常のサラリーマンも給与面においても上司との付き合いでも直接恩恵を受けれたのではないでしょうか。

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