ディスコの黒服の昔と現在

ディスコの黒服の昔と現在


このようなディスコ専門月刊誌に毎月特集まで組まれていたディスコの黒服

とくに80年代半ばから90年代前半まで若い女性の心を奪い、若い男性からは羨望の眼差しで見られた職業です。

そんなディスコの黒服さん達の昔~今現在までを裏話を含めて記します。

ディスコの黒服の昔

ここでいうディスコの黒服さんはディスコで働いていた店員さんのことをさします。年代ごとに格好役割などが変化していきました。

70年代の黒服

70年代のディスコはライブハウス&クラブのようなイメージで、生バンドによるソウル系のお店が多かったようで、黒服というよりもまさに店員さんという完全に裏方のお仕事であったようです。

そこで働くアルバイト君はもちろん正装もなく、シャツにジーンズというラフなスタイル(シャツをジーンズにイン)で、ドリンクや料理を運んでいた感じですかね。

80年代前半の黒服

80年代前半には、ディスコは生バンドによるソウル系は影を潜めていき、大箱でキンキラ照明のなかDJがレコードをかけながらしゃべりを入れるスタイルが中心となっていきました。

その頃の黒服さんは、ディスコによって相違はしましたが、さすがにジーンズの店員さんはおらず、白シャツ黒いジョッパーパンツ。そのお腹のあたりにカマーバンドを巻き黒のサスペンダー黒の蝶ネクタイ黒革靴が定着しました。この頃は私はゼノン・ニューヨークニューヨーク・ラスカラにはまっていた頃ですね。大変懐かしく思います。

大箱ディスコが全盛になってきた頃でしたので、ステンレスのトレンチにグラスを何個(お皿を何枚)積んで素早く移動できるかが、できる店員できない店員として判断されていたようです。

この80年代前半あたりも花形はDJの方々くらいで、黒服さんは多少注目度は上がり傾向でしたが、まだ裏方のお仕事というイメージであったと思います。またフロント(入口)のお偉いさん方はパンチパーマにタキシードっていうディスコもあって、入るとき怖かった思い出があります。どことは言いません(笑)

80年代半ば~90年代前半の黒服

やはり黒服が一番脚光を浴びたといえばこの年代でしょう!

ほとんどのディスコの店員の中でお偉いさんは黒服、黒服予備軍のスタッフさんはお店側がアパレルメーカーにオリジナルで発注したジャンプスーツで統一(階級で色分け)というスタイルでした。

そのスタイルのきっかけは完全にマハラジャの誕生からであったと思われます。またそれをきっかけに80年代前半まではディスコの裏方であった黒服さん達は、80年代半ばあたりからマスコミやお客様から脚光を浴びるお仕事として変化していきます。

ディスコのの黒服を目当てに通う女性客が増殖しはじめ、身近に会えるアイドル的存在になっていきました。当時は黒服さん達のことを「ディスカー」と呼んでいる方も多かった気が・・・。

憧れの仕事であった黒服(それを目指すジャンプスーツの黒服予備軍)

  • 女性にモテる
  • 好きなディスコミュージックを聞きながら働ける
  • 時には盛り上げタイムでお客さんと一緒になって踊れる
  • お気に入りの女性を優遇してあげれる
  • 綺麗な女性の横に座り接客できる

当時のディスコの店員のアルバイトは東京でも時給650円くらい?でしたが、上記のような魅力から募集に応募が殺到していました。私も何度かディスコで働こうかと考えたものです。しかし、結局ディスコで働く友達はたくさんいましたが、自分は実際には入店しませんでした。

理由を記します。

当時はダンスパーティーが盛んであった

私は、当時大学生で関東では大きめの学生サークルのリーダーをやっていたのです。当時は、ダンパ(ダンスパーティー)ブームで、ほとんどのディスコのオープン時間は18:00なのですが、土日に関してはお昼の12時~18時までダンパの貸切りで埋まるというのが日常茶飯事でした。

参考記事:バブル期のディスコの実態 学生サークル編

2時間貸切りのコースで、色々なサークルが入れ替わり3回転したりするわけです。

特に、私が率いていた学生サークルはけっこう大きめのサークルで、他の小さめなサークルも傘下に入っていたので、決して過去の自慢ではありませんが、私が企画すると都内のディスコを全部貸りきってその日を終えるということも多々あるわけです。

とくにクリスマス近辺や新入生が入ってくる4月は、もうスケジュールは真っ黒でした。ですので、多くのディスコの黒服の幹部の方と仲良くさせて頂きました。

お店側の黒服のメリット

お店の黒服の幹部さんは、やはり経営であるいじょう日々の売り上げを常に社長や専務や常務などの取締役に求められます。18時オープンの通常営業での売り上げがもちろんメインではありますが、時間的にもお店のキャパ的にも限界があります。

更に売り上げをと思えば、通常営業時間外に貸切りのダンスパーティーを入れれば入れるだけ売り上げは当然積みあがるわけです。その枠を埋めるには、大きな動員を見込める私をかこっておけば安泰であると思われていたのでしょう。

私もディスコ大好き人間でしたので、多くのディスコの黒服さんに言われるがまま貢献したつもりです。また、アンコールや最後の曲に対しリクエスト曲がある場合は、DJに報酬を包んで渡していました。何故だか、最終曲はサークルスタッフの要望で「テレフォンオペレーター」が多かった。

私のメリット

多くのディスコの黒服さんとのヒューマンネットワークが築けました。その恩恵により有名ディスコ各店舗の通常営業において優遇してもらえました。

私のデメリット

ハウスパーティー(そのお店の企画パーティー、例:○周年記念、クリスマスパーティー、ハロウィンパーティー、カウントダウンなどもろもろ)のチケットをノルマ的に捌かされました。その枚数がハンパない!これは結構つらかった(汗)

その経験によりディスコの黒服の憧れは消滅

上記のような活動をしていると、多くの裏の実情を見ることとなります。

夕方15時~17時くらいのお店のオープン前にダンパの打ち合わせで、しょっちゅうお店に訪問します。言い方が悪くて申し訳ないのですが時効ということで話しますが、その時間帯はペイペイ(お店でまだしたっぱの従業員)がオープン前の準備で忙しくしております。

マハラジャなどは像の牙がシンボルですが、あのような金色のオブジェは真鍮で出来ており、ピカール?とかいう液体を基本に雑巾でピカピカになるまで磨かされているのです。少しでも手垢を見つけたら黒服の方が「てめぇっ!」って感じで怒鳴ります。

牙だけではなく、あれだけキンキラのお店はいたるところに真鍮があるわけですからそりゃぁ大変ですよ。例えばで雑巾がけの話をしましたが、そんなことは一部であり、恐ろしいほど体育会系の縦社会であることがすぐに理解できました。

また、通常営業が終わっても打ち合わせをすることもあったので閉店後を見ていても、あの時代であるから許されたであろう長時間労働及びパンチやキックは当たり前の世界。

ジャンプスーツの黒服予備軍の心中

そして、ジャンプスーツに身を包んだペイペイの方達は、私の存在をおもしろく思っていなかったと思います。何故ならば、私が黒服の幹部と打ち合わせをしているということは、「またダンパ入れやがって・・・」と思われていたと推測します。ペイペイの方達は売り上げがどうこうに関しては興味がまだないわけです。

ですので、「あいつがダンパを入れるとまた昼間っから仕事させられる!」という感じでしょうか。それはそれで気持ちはわかります。例えば、昼の12時から18時まで3回転の貸切りを入れた場合、2時間ごとに準備と後片付けを行わされ、その後通常営業終了後にまた後片付けとなると、1日何時間労働?しかもほぼ立ち仕事であり、更に完全縦社会であるがゆえに作業的にこき使われるわけですから。

そういった労働環境でしたので、憧れて入店しても長く続く人間は少数であり、しょっちゅうスタッフの入れ替わりがあったのが事実です。そのような環境に耐え忍び生き残ったものがその後に黒服となり、冒頭で記した「憧れの仕事であった黒服」となり、やっとおいしい思いがたくさん出来るわけです。

これは、マハラジャに限った話ではなく大箱の有名店舗の黒服は、そのような感じであったと思います。逆に小箱の店舗は、そこまでの過酷な環境はなく早めにおいしい黒服の立場になっていたと聞きます。ただ小箱の黒服には得られない、大箱で有名店舗でしか味わえないおいしさは大きな魅力であったことは間違いありません。

上記のような理由で、「黒服ってかっこいいな」「黒服がうらやましい」と常に思ってはいましたが、従業員として入店するまでの根性は自分には無いと判断したまでです。それだけに大箱の有名店舗のペイペイから黒服までのしあがった方々を尊敬します。そして、いまだに当時のつきあいでいてくれている方もたくさんいます。

とくに私は自分自身がマハラジャが好きでしたので、マハラジャとKing&Queenには思い入れが大きいですね。

お店のオープン前にスタッフ全員ホールに出て、全員で唱和する「人に愛!己に汗を忘れるな!若い情熱燃え付くし輝く明日の覇者となれ!」従業員でもないのに覚えました(笑)

NOVA21グループの故・管野諒社長がテレビで語った言葉「夢と花と錯覚」夢のような宮殿に花のようなお客様と従業員、そこで過ごす2時間の夢のような錯覚をお客様に提供したい。感動したものです。

ディスコの黒服の現在

90年代も半ばになると、六本木のヴェルファーレが「ディスコ」と呼ばれる最後のお店であった気がします。その後はクラブ一色となり、今現在もディスコは「死語」でクラブです。クラブでの黒服さんは裏方的存在のイメージに戻り、今の花形は完全にDJさん達です。

今やさすがに私もクラブには足は遠のきましたが、今でも当時のディスコの黒服さん達とはつきあいがあり、今でもたまに飲みで集まったりしておりますが、私も含め皆さん歳をとったものです。

ただ、あれだけカッコよかった黒服さんが髪の毛が薄くなってしまっているのはショックですね。私も薄くなってきたと自覚してからは チャップアップ(厚生労働省認可の育毛剤)↓これです!

でケアしてますので大丈夫なのですが、あれだけビシッときめていた黒服さん達はおじさんになってからは無頓着?と感じてしまいちょっと残念です。「昔の女性ファンに会うと、きっと彼女たちはショック受けますよ!」と心の中だけで呟いてます。このブログは見てないでしょうが(汗)

もうひとつ余計なお世話かもしれませんが、当時のディスコで働かれていた方々には不思議な現象があるのです。何名かで飲みに行ったりしていて感じたのですが、それは「黒服さんの独身率が異常に高い」ことです。飲みに行ったメンバーはもちろんのこと、当時の「○○さんは?」と聞いても「あいつも結婚してないなぁ」という感じ。

最近は晩婚化も進んでおり、生涯独身も増加していることは知っておりますが、元黒服さん達のパーセントは異常なほど高いです。

その中の方が言っていたのは、「ディスコで勤務していた若いころに、黒服ブームでモテまくり、見た目が超絶キレイな女性ばかりを目にしていたので目が肥えすぎて、その後も相手の外見レベルを落とせぬまま気が付いたらおじさんになっていた」。

当時の大箱有名店で黒服さんが話している女性の多くは、芸能人やタレントさんもいましたし、モデルやレースクイーンなどが日替わりに来店してましたからね。そんな姿を私は横目で見ていましたから。説得力あり!

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