GOLD(ゴールド) 芝浦

GOLD(ゴールド) 芝浦

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今やディスコという言葉は死語となり、クラブと呼ばれています。呼ばれているという表現も間違いであり、ディスコはディスコ、クラブはクラブですね。

世の中がディスコで盛り上がっていた頃、「ディスコなんてダサい」という客層が集まり、独自のクラブ路線で人気を博したのが芝浦のGOLD。

現在のクラブの元祖がGOLDであった!?

ここ最近では、六本木や大阪や名古屋にマハラジャが復活して当時を懐かしむ大人たちをターゲットに営業していますが、そういった場所はクラブとは少し違うでしょう。

クラブでここ数年王道と言える場所は、新木場のageha(アゲハ)。

かなりの大箱です。しかしディスコがガンガン流行っていた時代にもクラブはひっそりと存在しました。そのひっそり感を世に知らしめたクラブの元祖が、GOLD(ゴールド)芝浦と言ってもよいでしょう。

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このロゴって懐かしくありませんか?

当時からクラブと名乗り、もそもそもディスコと呼ばれるような造りではないですし、かかる曲もヒップホップにハウス中心。このGOLD(ゴールド)は、当時のクラブとしてはかなりの大箱で、89年の11月にオープンしました。

GOLDの全貌

倉庫を改造して造られており、1階~7階まであるという海外のナイトクラブ色を追求した本格派のクラブでした。

各階毎に激しく踊るフロアや、まったりした空間、レストラン等、趣向を楽しめるものウリとなっており、変わっていたのは5階が「ラブ&SEX」と言う空間となっており、卵型のカプセルの中にソファがあって二人で乾杯をしながらまったりとお話をするスポット。

また、最上階の7階にはYOSHIWARAと名付けられたジャグジー色の露天風呂が完備。バブルがはじけてもまだバブリーな大人が、ギャル達と水着で一緒に入っているなんてこともあったようです。

もうそれはディスコ通いの連中からしてみると、異質な空間であり店内は暗くて天井は低く、後に近くにオープンしたジュリアナ東京とはまったくもって正反対な空間でした。しかしそれでもGOLD(ゴールド)は大反響でした。

ディスコ好きなギャル達は一度行ったら「私達には合わない」と二度と行かなかったという方が多かったのですが、ディスコなんてボディコンなんて「ダサい」という人達は、こぞってGOLD(ゴールド)に入り浸っていました。

当時、テレビ番組等でもカリスマ美容師などが取り上げられており、若者には美容師、ヘアメイクアーティスト、スタイリストなどといった職種が人気で、GOLD(ゴールド)の客層は、そういった美容系や服飾系のタマゴ達がよく集っており、はっきりいってオシャレでした。

GOLDは音と選曲が最高であった

私もここは何度か行きましたが、ここの音は最高でしたね。ハウスミュージックが好きになったきっかけは間違いなくGOLD(ゴールド)であったと思います。海外では当然ですが、当時も今もユーロビートをかけるディスコ的な場所はなく、今も昔もクラブです。

そう考えると、GOLD(ゴールド)に集っていた方達は、時代の最先端を歩んでいる一番オシャレな方達であったのではないかと思います。GOLD(ゴールド)が大反響の2年ほど後の91年12月に西麻布にyellow(イエロー)というクラブがオープンします。

名刺が出てきました。

yellow

このyellow(イエロー)も当時のクラブを語るうえでは絶対にハズせない名店でした。

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