80年代90年代ディスコ用語集

ディスコで使われていた、ついついディスコを想像してしまう用語をまとめてみました。

思い出した都度書き込みたいと思っております。

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  • 当時このような用語があった!


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あ行
荒木師匠
90年代前半におけるジュリアナ東京のお立ち台においてのファッションとダンスの象徴とされ、脚光を浴び続け「師匠」とまで名づけられたお立ち台リーダー有名人。

参考記事:荒木師匠(荒木久美子さん)の若い頃と今現在

色分け階級制度
ディスコの従業員さんは、各店舗それぞれ階級ごとにジャンプスーツの色分けがされていた。

例)一時の東京マハラジャ 黒服は主任以上 グレー色はキャプテン 緑色がウェイターなど。

時代毎に配色もデザインもコロコロ変わっていった。

インフォメ
informationの略。多くのディスコにおいてこのインフォメのボードにて店内の座席の管理がされており、混雑時は2時間で他のお客様と交代してもらうなど従業員のお店の運営の司令塔のような役目をしていた。

このインフォメを任される人は、そのお店の主任以上などおえらいさん。

オタクDJ
ディスコに通いディスコミュージックにハマり、DJさんにあこがれ、自分の家にターンテーブル×2台とミキサー1台を購入しDJブースを組み立ててオタクでキコキコとリミックステープを作成するというオタクDJは多かった。

ただしこの趣味には12インチレコードを買い漁らねばならぬという大変にお金のかかる趣味であった。私もそのうちの1人である。

テクニクスのMKⅡ×2台+VESTAXのミキサー1台+サンプリングマシン1台。そして12インチレコードは新宿のSISCO、新宿と六本木のウィナーズ、名古屋のメガミックスで購入した枚数4ケタ以上。

参考記事:DJはディスコの花形

オーバック
コスチュームの過激化のありえない終着点。

ボディコン → 超ミニスカ → Tバック → ほぼ水着 → ニップレス → オーバック

参考記事:ロンドクラブ

お立ち台
多くがディスコのダンスフロアの四つ角に配置されており、まさにお客様がそのうえに立って踊れる台。

我こそはディスコクイーンと名乗る女性たちの場所取り争奪戦がくりひろげられた台であり、ディスコを知らぬ誰しもに広まったのがジュリアナ東京のメディア露出が要因。

参考記事:ディスコ お立ち台

か行 
きしめんダンサーズ
名称のとうり、ジュリアナ全盛期に名古屋を本拠地とした3人組の美女ユニット。
 黒服
実際に黒服を着ているお偉いさんもいれば、多彩な色のジャンプスーツを着たウェイターさんもいたが、ディスコで働いている人を総じて黒服さんと呼んでいた。

また80年代半ばから90年代頭には黒服さんはお店のアイドルであるかのようなモテっぷりであった。

参考記事:ディスコの黒服さん

さ行 
サイレン
消防車から発したり、甲子園の高校野球のプレイボールで鳴り響くような爆音サイレン。

マハラジャ系列では必ず装備されており、盛り上げタイムには欠かせなかった。ゼノンでも鳴っていたがマハラジャよりも低音であった気がします。

参考記事:マハラジャのサイレンとサンプリング!

サンプリングマシン
カシオのFZ1、ローランドS10、ローランドS50、などが主に使用されていました。

キーボードの各鍵盤に英語の発声などを録音で割り振り、曲の盛り上げのためにDJさんが、リズムよく叩いておりました。例:「Clap your hands!」「1.2.3.4.5.6.Do it!」など。

参考記事:マハラジャのサイレンとサンプリング!

ジュリ扇
日本一のキャパを誇ったジュリアナ東京のお立ち台のうえで踊る際のアイテムとして利用された扇子。

その後、ジュリアナ東京以外の全国のディスコで使用されようが「ジュリ扇」という共通の言葉で用いられた。

参考記事:ジュリアナ東京

ジョッパー
太ももの辺りは膨らんでおり、足首に向かって異様に細められたパンツ。80年代前半のディスコファッションとして、従業員にもお客さんにも流行った。
スクエアビル
ディスコの象徴とされた六本木のディスコビル。ビルのB2~10Fまでのほぼ全フロアがディスコで埋まっていた今でも残る伝説のビル。

参考記事:六本木スクエアビルはディスコだらけ

ステップ
70年代のディスコにおいて主流であった踊り方。
た行 
 ダンパ
今でも使うのでしょうか?

ダンスパーティーの略であり、当時は大学生のサークルなどがディスコを2時間~3時間貸し切りでおこない、人気店などは毎週のように土日の昼間からおこなわれていました。

チークタイム
1日に数回施されていた店内が暗くなり、スローな曲が流れる時間。男女が身体を密着しながら踊れる唯一の時間であり、男女がその時間を目的に一緒に踊りたい相手を物色していた。

参考記事:チークタイムってどういう意味?おじさんが当時を語ります。

チケット制
ディスコといえばフリードリンク・フリーフードが定番であった80年代初頭に、入場料と引き換えに渡されるチケットにてドリンクやフードをオーダーするといった新しいスタイルが登場し広まった。

チケット制を導入したお店のドリンクやフードは、ともに品質のランクがあがったことにより当時のお客さんにもウケて根付いた。

ディスカウントチケット
小箱のディスコなどは黒服さんが毎日、人どうりの多い交差点などでディスカウントチケットを配布し集客していた。

その中でも六本木交差点でもらうディスカウントチケットはほとんどがスクエアビルに入ったディスコのものであり、高級志向で人気店のディスカウントチケットはそのお店の人気に陰りがみえてくるまで見かけなかった。

新宿や渋谷の若年層をターゲットにしたお店では初来店時にキーホルダーがもらえ、それが次回からのディスカウントの証となっていた。

ディスカー
女性の若い子達がディスコの従業員さんのことを総じてこのように呼称していた。
discotheque
80年代のディスコの多くが「discotheque ○○○○○○」のようにお店の名前のロゴの上や下にdiscothequeという言葉がしるされていた。

意味を調べると、生演奏またはレコード音楽に合わせて踊るナイトクラブとのこと。

な行 
成田社長
Nエンタープライズ代表取締役であり、伝説の麻布十番の東京マハラジャを立ち上げ大ヒットさせた。

その手腕と高身長にあまいマスクで、当時はお客さんからも従業員からも憧れの的であった成田勝社長。数々のヒットナンバーをカヴァーし、夜のヒットスタジオなどの歌番組にも出演。

シンディローパーや中森明菜さんやアンルイスさんなどをバックコーラスに歌った「イントゥーザナイト」は今でも記憶にあります。まさにディスコ業界のカリスマ的存在でした。当時の口ぐせは「ブリッといこう!」

参考記事:成田 勝さん

ナンパ
当時はナンパする場所はディスコ。ディスコといえばナンパの代名詞。
ノルマ
こちらは各ディスコのハウスパーティーなどで、私のようなサークルの代表は店長からパーティー券を○○○枚捌くようにノルマとされていた。

これはこれで、大型店舗の店長には各店舗依頼されていただけに本当につらかった(汗)。

ただしその遂行をしたおかげで、どこの店長も通常営業日などで自分をあらゆる場面で優遇してくれました。

は行
パラパラ
ディスコにてユーロビートをバックに全員が同じ振り付けで踊るダンス名称。

第三次パラパラブームなど、過去に3度もブームに火が点いた。

参考記事:パラパラダンスはダサい?いや、日本の文化でしょ!

パラパラオールスターズ
パラパラの聖地とされた神楽坂のツインスターにて結成され、日本一、いや世界一パラパラの上手な美女ユニット。活躍は国内にとどまらず海外でも人気を博した。

参考記事:パラパラオールスターズの現在は!?

HIRO
ご存知、EXILEの生みの親でもあり現在はLDH WORLDの会長でもあり、あの国民的アイドルであった上戸彩さんの夫。

当時マハラジャやサーカスの従業員であったHIROさんは、深夜ダンス番組「DADA.LMD」のダンスコンテストで準優勝してからZOOのメンバーとして活躍。

ZOO解散後6年の期間を経てEXILEのリーダーとし同チームをブレイクさせた。

フロントチェック
高級志向が人気となった頃からドレスコードが厳しくなり、フロントにて入店を断られるというチェックがもうけられた。

童顔の者には身分証の掲示や、いわゆる「ダサい」者には「当店にふさわしくない」という理由で入店拒否。一時は男性のみは入店拒否という時代も長くあった。

ペイペイ
新人のかたとか、長く在籍しても上の役職に上れないディスコの従業員さんの呼称。
ヘブンズ ドア
ミリオン出版社から出版されていたディスコ専門誌。

各店舗の看板の黒服さん紹介や、ファッショナブルなお客さんを撮影し一気に掲載など、ディスコフリークなら必ず買っていた雑誌。

参考記事:ディスコクイーン

ボディコン
今でも言葉はありますが女性のディスコの戦闘服であったボディコン。まさにバブルの象徴ともいえる女性のファッションでしたね。

参考記事:ボディコンといえばディスコ!

ま行
MAHARAJA
1982年大阪のミナミに1号店がオープンして以降、フランチャイズ店を含め71店舗を日本全国に展開したディスコを語るうえで絶対に欠かせない高級志向の王様ディスコ。
ら行
ルナ軍団
とくにパラパラの戦闘服として用いられたルナマティーノというブランドのド派手なファッションが流行り、仲間全員がルナマティーに身を包んで踊る集団をルナ軍団と呼んでいた。

参考記事:ディスコの衣装(コスチューム)70年代・80年代・90年代

レディースVIP
その日に来店された女性客のなかで、とくに容姿やファッションが優れていると黒服に判断されたかたが座れる席。

そのお店のイメージ向上のため、とくに多数のお客様の目につく場所に配置されていた。VIPでお決まりであるチャージ料金などいっさい不要。

ロジャーラビット・ロボコップなど
ブラックミュージックが流行った際に、ボビーブラウンの見よう見まねで皆がやっていた踊りの定番の型。

サラリーマンがネクタイをしたまま汗だくでロボコップを必死におこなっている姿は滑稽いがいのなにものでもなかった。

わ行
ワンレン
「ワンレンボディコン」とセットで語られることの多かった、ワンレングスという女性のヘアスタイル。

当時は浅野温子さん浅野ゆう子さんのトレンディドラマの共演にてW浅野が流行し、とくに浅野温子さんのヘアスタイルがワンレンの代名詞となった。

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